プロレスリング散空抱地 〜人類選抜戦〜

 第一章 官邸襲撃 
 新大統領就任式が大統領官邸で始まろうとしている。スーツ姿に髪をぱりっと決め、片方の前髪を細く垂らした新大統領が聴衆の見守る舞台の上で、マイクを前に演説を始めようとしている。大統領の後ろには大きなスクリーンがあって、今は大統領の姿を映している。
 突然、舞台に謎の男たちが現れ、大統領の両脇を固めているSPを襲い始める。
 もみ合いの末、SPたちは健闘むなしくやられてしまう。
 そして、怯えながらあたりをきょろきょろと窺う新大統領に派手な格好をした男がつかつかと歩み寄り、彼を捕まえるやいなやショックザコングを豪快に決め、新大統領は失神してピクピクと痙攣してしまう。聴衆が悲鳴をあげる。そして、ブーイングの嵐。
 派手な男は新大統領をマイクの前の床に敷いてから、その上に立って演説を始める。
 「自己紹介をしよう。私は雅婁馬隆作。そして」
 背後の大きなスクリーンの画面が切り替わり、分割された画面がさまざまな場所を映し出し、自由の女神エッフェル塔アンコール・ワットなどといった世界中の名所がこなごなに崩壊していくさまが聴衆の目に焼きつけられる。
 「これが私の力だ」
 あまりのショッキングな映像に聴衆はブーイングをやめて呆然と立ち尽くす。
 「まどろっこしいのは苦手でね。単刀直入にいくとするか。フフフ」
 駕屡馬はその発言とは裏腹に、手首をいじったり首をまわしたりしながら、次に何が起こるのかと待ち受けている聴衆をめいいっぱい焦らしてみせる。
 そして、聴衆の反応を楽しみながらようやく満足しきったところでとうとう口を開いた。 
「99.9%以上の人類がじきにああなる。ミスリバティのようにこなごなにね」
 第十三代新世界大統領の就任演説は世界中で中継されており、官邸に来ている聴衆だけでなく、世界中の人間がその模様を見ている。その中には神に救いを求め熱心に祈る可憐な少女の姿もある。
 「だが、私はそんなくだらないことを言いに来たのではない。そうだろう?」
 雅婁馬は聴衆に問いかけた。
 官邸の巨大スクリーンはまた切り替わり、今は再びマイクの前の男の姿をリアルタイムで映している。
 「私は来週水曜から始まる世界人類一斉オーディションの告知の為にここに来たのだ。そのオーディションを勝ち抜いた者だけが来るべき世界の『最適化』を生き伸びることができる。もしもあなたに、『その後の世界』に相応しいクオリティがあるのならそれを示すがいい。そして、そのオーディションとは皆に平等なのだ。そう。ここにいる私の部下たち」雅婁馬がそういうと横にいた、先ほど二人のSPをぶちのめした二人のレスラーがそれぞれ筋肉を強調するポーズを取った。
 「この部下たちもオーディションに参加する。そして、この私もね。フフフ」
 聴衆からどよめき。
 「そして、我々でさえオーディションを生き残れるという保証はどこにもない。そう。これは神の行いなのだ。人類よ、空に散り、地を抱け。そして私からの話は以上だ」
 すべての照明が落とされてそこは闇に落とされる。
 しばらくの後、突如、スクリーンが再び起動し、その中で、真っ暗になったテレビの前の一人の男が立ち上がった。そして、家族に「俺は来週の水曜、このオーディションを受けてみようと思う。そして核心に近づき、雅婁馬という男の真意を確かめてくる」
 そんな彼の姿を見て弟らしき人物は「正気なの、兄さん?あの男は危険すぎる。何をするかわからないぞ」と言ったが、父親らしき人物は腕を組んで目を瞑ったまま動かない。
 母親らしき人物はハンカチを取り出して、気付かれないようにこっそりと目頭を拭った。
 「俺は正気さ。それに雅婁馬はすでに許されざる罪を犯している。だから奴とは必ず闘わなくてはならない」
 男が険しい表情で虚空を見つめている顔のアップをスクリーンがしばらくの間とらえている。
 溶暗。