プロレスリング散空抱地 〜人類選抜戦〜

第二章 人類選抜オーディション
 水曜の7時になると共に、水曜散空抱地のテーマソング、魔砲ドラゴンが歌う『イッツファンタジー』が流れ出した。
 アナウンサー「ようこそ。新番組、水曜夜の散空抱地へ。ではさっそく、先週水曜に起きた官邸での新世界新大統領就任式の映像をご覧いただきましょう」
 会場のスクリーンにその映像が流される。マイクの前で演説を始めようとする新大統領。
 突然、SPを襲う謎の男たち。新大統領にショックザコングが放たれる場面。
 そして、雅婁馬と名乗る男が「私は来週水曜に行われる世界人類一斉オーディションの告知の為にここに来たのだ」と言っている。
 画面は切り替わり、こんどは二人の成人男性を映し出す。
 アナウンサー「一体、雅婁馬の言う世界一斉オーディションとは何なのでしょうか。どうも。アナウンサーの金井です。解説は中野”ジャック”幸助さんです」
 解説者「いいか。奴はこうも言っていた。そのオーディションを勝ち抜いた者だけが来るべき世界の『最適化』を生き延びることができると」
 アナウンサー「意味深ですね」
 解説「そして、もしもあなたに、『その後の世界』に相応しいクオリティがあるならそれを示せ、とも。俺には一体、あの雅婁馬という2メートル超の大男が何を考えているのかさっぱりわからない。だが、これだけは言える。奴はとんでもなく恐ろしい男だ」
アナウンサー「さあ、出場選手の入場です」
 大きなスクリーンの下から7人の選手が出てきて各々に観客にアピールしながら通路を歩き、リングの角の鉄階段を上ってリングに入る。選手たちがリングの上で各々ストレッチをするなどしていると、突然会場が暗くなり、ブラックエンジェルの『ヘルインアセル』のイントロが流れる。いつの間にか入場口に白い光が点灯しており、大きな黒いシルエットを浮かび上がらせている。
 アナウンサー「最後に入場するのは散空抱地のホストレスラー、”ザ・ビッグフット”雅婁馬隆作だあ」
 『ヘルインアセル』がイントロの静かな曲調から激しい曲調に変わると同時に変わると同時に会場の照明が復活し、入場口で花火がバンバン噴き出し、雅婁馬が咆哮を上げて走り出した。
 雅婁馬リングに上がると何人かのレスラーが罵声を浴びせ、さらに何人かのレスラーが挑発するような仕草を見せ、何人かのレスラーは無関心を決め込んでいる。雅婁馬がマイクを持って、リングの上に並ぶレスラーたちの前を行ったりきたりする。
 「フフフ。やあ、どうも。雅婁馬です」観客ブーイング。
 「フフフ。では早速レスラーたちに自己紹介をしてもらおうかな。じゃあ、まずは一番端の君。白いパンツのがたいの良い君。いかに自分が『その後の世界』に相応しいかを今日ここにきている観客たちに教えてやってくれ」
 精悍な顔をした180cmほどの男が前に出てきてマイクを受け取る。
 「俺の名前は野上拓馬といいます。自分が『その後の世界』に相応しいかですか。そうですね。リングでの戦いを見てもらえればわかると思います」
 観客から探るような拍手が送られる。
 解説者「妙だな。俺はどうもこの顔を見たことがある気がする」
 アナウンサー「奇遇ですね。私も―あ、そうだ先週の」スクリーンが切り替わり、インド風の部屋でテレビの前に立つ野上拓馬が映し出される。
 「俺は正気さ。それに雅婁馬は既に許されざる罪を犯している。だから奴とは必ず戦わなくてはならない」
 解説者「そうだ。こいつは、野上は先週、このオーディションに参加することで核心に近づき、雅婁馬の真意を確かめると家族の前で言っていた男だ。発言通りここにやってきたというわけか」
 アナウンサー「しかし、ここまで雅婁馬に対する敵対心を明確に出しておきながら、今の自己紹介での発言は慎重なものでしたね」
 解説者「おそらくなるべく目立たないようにしてまずは様子を見ようという腹だろう。見かけによらず利発な男だ。雅婁馬にとってはやっかいな男になりそうだ。この男こそが人類を救うヒーローになるかもしれんな」
 野上が下がり、隣の巨大な男にマイクを渡すと、今度はその大男が前に出てくる。
 「俺の名前は姫河恵二。だがそれがどうした。俺が何に相応しいかって?そんなの知らないね」そう言って口からマイクを離し、間を取る。
 「なあ、雅婁馬さんよお。あんたずいぶんでっかい図体して相当腕に覚えがあるようだけど、俺とやり合う自信はあるかい?今すぐに。この場所で」
 客席から歓声があがる。
 アナウンサー「聞きましたか。この男いきなり雅婁馬に宣戦布告している。なんと恐れ知らずなんだ。先週の大統領官邸での出来事を見ていなかったのだろうか」
 解説者「ああ。だがこの姫河という男。この男も雅婁的同様に2mは超えていそうだ。ここにいる7人のレスラーの中で雅婁馬に対抗できそうなのといったらこの男だけかもしれん」
 挑発する姫河に対して雅婁馬はマイクをくれと催促する。姫河がマイクを渡すと雅婁馬は「じゃあ、次はそこの金髪の優男。お前の番だ」と言ってマイクをその男に渡す。
 てっきり挑発に乗ると思って肩透かしを食らった姫河が雅婁馬に向かって喚くが、マイクがないので客席からは何を言っているのかわからず、ただ喚いている姿だけが見える。
 マイクを受け取った金髪の男が前に出てきて、まわりを取り囲む観客を一通り見回してから目を瞑り、自分の世界に入り込むようにうつむき、何かを噛みしめているかのようにじっとしている。やがて、その金髪の男は目を開けてまた客席に目を上げ、ようやく口を開く。
 「最初に神は、光あれと言った」そう言うと再び口からマイクを離して、反対の手で髪を梳かすようにしながら左右に歩いてたっぷりと間を持たせる。
 「そして、俺が生まれた」観客”はあ?”
 「この鮮やかな金色の髪がその証明だ」と言ってその金色の髪を手に持って客席にアピールする。
 「神は光を見て、良しとされた。神は光と闇を分け、光を俺と呼び、闇を俺と呼んだ」
 観客”はあ?”
 金髪の男はにやついた。
 「夕べがあり、朝があった。第一の日だ」
 客席がざわついている。
 アナウンサー「なんなんでしょうか、この男は。創世の一日目に生まれたと言っていますよ」
 解説者「自分は光であり闇でもあると言っているな。だがこの男、案外ただの馬鹿なのかもしれんぞ」
 金髪の男「俺の名前は宮門我意。俺が『その後の世界』とやらに相応しい理由は明白だろう。もしもお前らに唯一、血反吐を吐いても永遠に届かない存在があるとするならそれがこの俺だ。お前らにできるのはせいぜい、せこい仕事で稼いだ金で買ったそのチケットを握りしめてそこから俺の栄光を見届けることだけだ」
 会場ブーイング。
 宮門はマイクを雅婁馬に投げつけると、レスラーたちの列に戻っていく。
 アナウンサー「永遠に届きたくない存在ですね」
 雅婁馬「フフ。なかなか悪くないマイクだったぞ」そして、「さあ、次はそこの澄ましているお前だ。そんなに澄まして、育ちの良さでもアピールしているつもりか?」
 呼ばれた男は体が「やれやれ」と言うのを隠そうともせずに前に出てきて雅婁馬からマイクを受け取った。
 「どうも。会場にお集まりのみなさん。俺からあんたらに対して言うことは特にないです」
 そう言うとマイクを顔の前に持ってきてからこれみよがしに手を開いた。
 支えを失ったマイクは自らの重さに任せて落下していき、マットに落ちた自分の衝撃音を自らの力で増幅させた。
 マイクを落とした男はレスラーたちの列に帰っていこうとするが、途中で立ち止まって、考え込むようにしばらく固まっていてから、再び落ちたマイクのもとに戻ってゆっくりと焦らすような動作でそれを拾い上げた。
 「だけど、俺の名前ぐらいは教えといてあげましょうか。朱雀哉眼です。26歳のおうし座です。そして」そこまでいうと突然喋るのをやめて黙り込み、ゆっくりとマイクを顔の前に持っていき、そこでしばらく静止してから手を開いた。
 朱雀がレスラーたちの列に帰った後に雅婁馬が落ちたマイクのもとにつかつかと歩み寄ってマイクを拾い上げた。
 雅婁馬「まさかこの俺にマイクを拾わせる奴がいるとはな。活きの良いやつばかりで面白くなってきたぜ」
 アナウンサー「それにしても雅婁馬のこの落ち着きはなんでしょう。こんなことをされたら屈辱を感じてもおかしくないはずなのに、笑みすら湛えているように見えます」
 解説者「おそらく、一対一で戦えば必ず勝てるという自信が雅婁馬にあそこまでの余裕を与えているんだろう。脅威に感じている相手にあんなことをされたらとても平静ではいられない。雅婁馬という男、相当腕に覚えがあると見た」
 雅婁馬「次に紹介するのは、フフ、実は私の部下でしてね。身長は178cmと大きくはないが、ここにいる誰に対しても、フフ、手前味噌で申し訳ないがね、ここにいる誰に対しても互角以上に渡り合える力を持っている。未森、お客さんたちに挨拶してやってくれ」
 呼ばれた男が前に出てくる。緑色のタイツを穿いている。上半身は皮膚がむき出しになっていて、その皮膚は盛り上がった筋肉の形にそって形成されている。
 「始めましてみなさん。自分は阿杜未森といいます。自分の持てる力を出して一生懸命頑張りますので、どうかみなさんの暖かい声援をよろしくお願いします」
 毒のないこの挨拶に会場からは拍手が飛ぶが、あの雅婁馬隆作の部下というだけあって半信半疑といった雰囲気だ。
 アナウンサー「爽やかな好青年といった感じですね。中野さんはどう見ますか?」
 解説者「確かに今の挨拶からは悪のにおいは嗅ぎだせない。だが、こいつは雅婁馬の部下を公言している。雅婁馬が先週何をしたか決して忘れないでくれ」
 雅婁馬は自分の部下に精一杯の拍手を送っている。そして、マイクを受け取ると「フフフ。初々しくていいじゃないか。彼はまだ22歳でね。これからの若者にどうか暖かい拍手をもう一度送ってやってくれ」
 会場からは再び探るような拍手が送られる。
 「フフフ。ありがとう。では、次はそこの小さいマスクマンの君。自分が何故『その後の世界』に相応しいのかを教えてくれ」
 呼ばれた男は前に出てきてマイクを受け取った。黒と白の、ドラゴンを思わせるマスクを被ったその背の低い男は口を開く。
 「まずはこの映像を見てほしい」そう言った男は右を向いて入場口の上のスクリーンを指差した。
 スクリーンの中では、スーツ姿に髪をぱりっと決めた新大統領が今にも演説を始めようとしている。そこへ、阿杜未森ともう一人の謎のレスラーが飛び出してきて大統領を守る二人のSPに襲い掛かった。そのことに気付いた観客たちが、阿杜未森に対する先ほどの確信のない拍手の反動からか、一段と激しいブーイングを浴びせる。
 アナウンサー「驚いた。確かにこれは阿杜未森だ。雅婁馬の派手な出で立ちと技に目を奪われて気付かないでいたけれど。まさかさきほど爽やかな演説をしたあの好青年がこの前代未聞の凶悪事件の実行犯だったなんて」
 解説者「奴には警戒する必要があると言っただろう。口で何を言っても腹の中で何を考えているかはわからない。」
 マスクの男「そう。つい今しがたここで」と言って自分の足元を指差す。「調子のいいことを言った男の正体がこれだ」
 観客がブーイング。だがこれはこのマスクの男ではなく、阿杜未森に向けられたものであろう。
 「そして、阿杜に襲われて抵抗している男に注目してほしい」
 スクリーンは阿杜とSPの攻防の箇所をアップで映し出した。バランスの取れたキックボクシングスタイルで猛攻を仕掛ける阿杜に対して、阿杜よりも10cm以上も背が低いと思われるSPが懸命に凌いでいる。 「この男はこの後、胸部に強烈なチョップを喰らって崩れ落ち、苦痛の中で屈辱の一夜を過ごした後に少しずつダメージを癒し、そして、一週間後の今、この場所に立っている」
 観客から驚きのどよめきが起きる。
 アナウンサー「なんということでしょう。これは」
 阿杜は左腕を腹の前に平行に置き、その手の甲に右腕のひじを乗せてこめかみを指差し、顔を斜めにしたままどこか上の方を見てあどけない表情をつくると、すぐに両手の平を肩の横で上に向けて、嘲笑的に、覚えてもいないとでもいうような仕草をした。
 「相棒は今も集中治療室でこん睡状態だ。いつ目が醒めるともわからない」
 「俺はここでSKハーシュと名乗らせてもらおう」そして雅婁馬の方を向き、「なあ、雅婁馬。俺がここに何をしにきたのかわかるだろう」
 「そう。俺はここにやってきた。自分の仕事をするためにな」
 マイクをマットに叩きつける。しかしその鋭い眼光は揺らぎもせずにじっと雅婁馬を睨んでいる。雅婁馬は楽しそうに不適な笑みを浮かべている。会場の熱狂と興奮が熱い歓声となって巻き起こされる。会場のボルテージは最高潮に達している。
 アナウンサー「すごい展開になってきました。大統領の警護人が悪魔の首を獲りに乗り込んできたぞ」
 解説者「しかも、堂々と敵意を表明している。自分の危険が増すのにも関わらずな。これで雅婁馬に対する敵意を表明したのは先ほどの野上拓馬、大男姫河恵二、そしてこのSKハーシュの三人となった」
 阿杜未森が前に出ていき、マットに転がったマイクを拾うと雅婁馬に渡した。
 雅婁馬は「さて、次でいよいよ最後のレスラーになった。そこのそこそこでかい君。頼むよ。何故君が『その後の世界』に相応しいか、教えてくれないか」
 そこそこでかい男は前に出てマイクを持った。
 「俺の名前は菅原寛介。『その後の世界』?まあ、何を言ったって仕方がないと思っている。要するに戦えばいいということだろう。結局は」
 菅原はマイクを雅婁馬に返すとそそくさと自分の場所に帰っていく。
 アナウンサー「さあ、これですべてのレスラーが出そろいました。早速の第一試合はCMの後です」
 溶暗。