地縛霊A氏にインタビュウ
隆隆と聳える山並に木々は青々と茂り、風に運ばれてくる若い香りが季節の変わり目を告げている。山間を這う高速道路は今日も灰色の路面に幾多の車を走らせ、トンネルの中に消えていく。本誌は今回、この場所に居着いているという地縛霊A氏への独占インタビュウに成功した。
―まずはお聞かせください。今回このインタビュウを受けられようとされたきっかけは何だったのでしょうか。
地縛霊A氏 うーん。ほら、俺って地縛霊じゃないですか?まあ、他のタイプの霊だったら女湯を覗いたり、コンビニで立ち読みに乗じてマンガを楽しんだりできますけどねえ。いかんせん、地縛霊ですからね。まあそれが、理由といえば理由でしょうかねえ。
―なるほど。では、基本的なことから伺っていくことにいたしましょう。実際に絶命された時の状況を詳しくお聞かせください。
地縛霊A氏 まあ、車のってたらずどーんだよね。他にあるかい?
―車はご自身で運転されていたのですか?
地縛霊A氏 うん。一人だったからね。前のワンボックスカーに追突して。で、次に気が付いたら何故か森の中にいてさ。ふらーっと歩いて行ったら高速道路に出て、そこが事故現場なわけ。ワンボックスカーに乗ってた奴らが車に乗せられてて、あれは病院に運び込まれたんだろうなあ。
―彼らは一命を取り留めたのでしょうか。
地縛霊A氏 それはまあ、当然気になるところですよね。ただまあ、いかんせん地縛霊ですからね。病院とか行けないですからね。病院とか行けたら彼らが一命を取り留めたのかとか見届けたけど。
―ごもっともです。では、霊になられたという境遇を理解された時の心境はどういったものだったのでしょうか。恨みの感情に駆られたのか。現世でやり残したことを悔やまれたのか。それとも、また別の感情があったのか。
地縛霊A氏 寝起きの感覚に近いね。生まれたばかりというか。だから、特別に強い感情というのはないよね。
―なるほど。そういうものですか。
地縛霊A氏 ただね、最初はそうだったんだけど、時間が経ってくるといろいろ思い出してくるじゃない?好きな娘がいたのにもう会えないとか、大事な用事があったのに行けなかったとか。でさ、さっき俺、追突したって言ったけど、絶対に前の車が急減速しててさ、それ思い出したらだんだん腹立ってきてなんかもうぶっ殺してやりたくなってくるのね。でも、俺地縛霊だから奴らがどこにいるかわかんないし、もしかしたらもう死んでるかもしれないしで歯がゆくてさ。どうしょもないんですわ、これが。何をすることもできないし、ただいつもこの山があって車がいつも走っててさ。ただ時間が経つのを見てるばかりでさ。もう寂しくてしょうがないし、いつまでこんな地獄に耐えてなくちゃいけないのかってさ。
―お察しします。
地縛霊A氏 でもね、そんなときに一人のおじさんが声をかけてきたんですよ。
―地縛霊の。
地縛霊A氏 うん。地縛霊の。その人は俺が死ぬずっと前から地縛霊でここにいたらしいんだけどさ。まあ、驚かすといけないからって気づかれないようにずっと様子を伺ってたらしいの。俺はもう人と話せることが嬉しくってさ。ああ、あんた俺が見えるのかって愉快でもう生きてたらこんなことやりたかったとかどんな人生を送ってたとか、家族はこんな人たちだったとか初恋の話とか次から次へと言葉が溢れ出してくるわけ。おじさんおじさんって慕ってさ。で、寂しかったのはおじさんも同じだったみたいでいろいろと話を聞いたんだけどね。なんか、そのおじさんもやっぱり現世でどうしても心残りになってることがあったみたいで。
―それはどういったような話なのでしょうか。お聞かせください。もしよろしければ、ですが。
地縛霊A氏 何でも、奥さんの誕生日の前に一週間ぐらいの出張があって、だからそれ行く前に奥さんにプレゼント買っておこうと思ったけど何をあげたら喜ぶのかなんてわからないじゃないですか。だから定番ですけど部下の女の子に付き合ってもらって一緒に選んでもらおうと思って頼んだら一人の女の子がその役目を買って出てくれたんだけど、二人きりじゃ気まずいし変に誤解されたくないとかで結局男の部下二人も一緒に行くってことになったらしいんですよ。まあ、気持ちはわかるよね。
―ええ。
地縛霊A氏 それであーだこーだ言いながら買い物してたまではいいんだけど、どっかのタイミングで二人の男の部下がどっか行っちゃって女の子と二人きりになったんだって。トイレに行ったのか何だったか俺が忘れちゃったけども。運が悪かったのはそこからで、その時にたまたま同じところに彼氏とデートに来ていた娘に部下の女の子と二人でいるとこを見られちゃったんですよ。女の子が指輪を選んでる時だって言ってたかな。女の子が「あれがいいこれがいい」って言ってるのを後ろから見てるとこでさ。
―ああ。
地縛霊A氏 そう。もともと反抗期でそこそこ疎まれてたところで不倫疑惑ですからね。しかも、凄い年下に貢いでる系。ものすごい蔑まれた目で見られちゃって言い訳をしようとしても触んなですからね。それでどっか行っちゃって。
―不運でしたね。
地縛霊A氏 結局奥さんの為に指輪を買ってその後ファミレスみたいなとこでカニ玉チャーハン食べて帰ったんだけど、その翌日にすぐにもう出張でね。
―同情しますね。誤解は解かれぬまま永遠の別れがきてしまったのでしょうか。
地縛霊A氏 その日の夜に一応、娘の部屋を叩いて説明しようとはしたらしんだけどね、「一人でカニ玉チャーハンでも食ってろ」って追い返されたって。事故があったのは出張が終わって帰りの車の時のことだったそうです。
―はい。
地縛霊A氏 「もうずっと昔のことで今は娘も子供をつくって幸せになってますよ」、っておじさんは言うんだけど、俺はなんだかその話を聞いてしんみりしちゃってね。でも、永遠のような昼と永遠のような夜を何度も越えていくとそれも薄れていくんですよ。いつの時かおじさんともあまり話すこともなくなってきてね。一週間も顔も合わさないようなことも段々と少なくなってくるんですよ。それで、俺自身も一人でいても何も考えないようなことが増えてきてね。自然に溶けていくような感じなのかな。時間感覚も失くしていつまでもぼーっとして過ごしてると、ある時不思議な感覚に襲われたんですよ。
―不思議な感覚?
地縛霊A氏 ええ。なんていうか、眠っていた自分の本当の力に気付いたような感覚、とでもいうんでしょうか。その感覚は一瞬だったんだけど、それから度々その感覚に襲われるようになってね。なんか引っかかるなあって思い始めたんですよ。
―引っかかる?
地縛霊A氏 そうなんですね。引っかかるんです。これはもしかしたらやんごとなき事態だぞ、と。
―どういうことなのでしょう。わかるように説明してもらえますか。
地縛霊A氏 まず初めにはっきりさせておきたいのは、俺なりにすごく悩んだっていうことなんだ。わかるかな。
―ええ。いや、話を聞いてみないことには。
地縛霊A氏 事故を起こしてみたんですよ。赤いセダンの車が走ってきてね、次の瞬間に物凄い音がしてぺしゃんこになった車から煙があがってて振り向いたら何週間かぶりにおじさんがそこにいて、「とうとう気付いたんだね」って俺に言うの。
あ、そうか。こいつが俺を殺したんだなって思ったよ。
で、俺は「どうして俺を殺したんだ?」って言ったわけ。
―ええ。
地縛霊A氏 「話し相手が欲しかったんだ」って。まあ、怒りとかはもうなかったんですけどね。ただ、とりあえずこの人のことは消すことにしようとだけは思ったんで、「死ぬ少し前に奥さんの誕生日プレゼントを買った時に娘さんに不倫していると思われて軽蔑されたのを覚えていますか」って言ったんです。
それはずっと気になって考えていたことなんだけど、「誤解を解けないままで死んでしまったからそれだけが心残りだって言っていたけど、本当に誤解は解けなかったんでしょうか」って。
―どういうことでしょうか。
地縛霊A氏 「どういうことだ?」っておじさんが言うんです。
俺は、「娘さんはあなたに『一人でカニ玉チャーハンでも食ってろ』って言ったんでしょ?でも、どうして娘さんはあなたがあの後カニ玉チャーハンを食べたことを知っていたんですか?偶然なんてことはないですよね」
―ああ。
地縛霊A氏 「え?」っておじさんは言うわけ。
「奥さんへのプレゼントを買った後、付き合ってもらった男の部下2人と女の部下1人と一緒にファミレスみたいなとこでごはんを食べたんでしょ?あなたはカニ玉チャーハンを食べた。それをたまたま通りかかったかした娘さんが見ていたんじゃないかな。男3人と女1人で食事しているのを見て、それでも不倫だとは考えないでしょ」
―なるほど。
地縛霊A氏 そこまで言ったらおじさんもようやく俺の言ってることがわかったみたいで、口を押さえながら「ああ、ああ」とか言い出したよ。
俺は続けて、「あんたは買った指輪を、奥さんがあんたの部屋を掃除した時に見つけちゃったらサプライズにならないからと包装されたままの状態で車に乗せて出張先に持っていった。それはあんたが事故にあったときも車の中にあったはずだ。遺留品は遺族のもとへ届けられ、それを見た娘さんはすべてを理解して、母親に『これはお父さんからお母さんへの誕生日プレゼントだよ』、と言ったはずだ。愛人へのプレゼントがそんなところにある理由もないし、ましてや母親の誕生日の直前なわけだからね。あんたは地縛霊だからその場面を見られなかったけど」
「そうか、そうだったのか。みちこ」とか言っておじさんぼろぼろ泣き出すわけ。
―娘さんみちこさんっていうんですね。
地縛霊A氏 「ありがとう、ありがとう」って感謝したかと思えば、体がなんか透けていくの。
―ずっと心残りになっていたことが取り払われたので成仏していくのでしょう。
地縛霊A氏 だろうね。だから、俺は消してやったの。俺を殺した奴を。
―なるほど。それが狙いだったのですか。しかし、幽霊にとって成仏することは一般にポジティブなことだとされていますよね。それだと、自分を殺した憎い敵を幸せにしてあげてしまったことになりませんか?
地縛霊A氏 まあ、俺の認識の問題だからね。おじさんにとってそれがどうだったかっていう現実は既にそれとは関係ないところであるわけだから。
まあ、いいけどさ。ところで、これってどこの雑誌に掲載されるの?
―雑誌、ですか?
地縛霊A氏 あんた雑誌の記者だって言ってなかったか?
―ああ、ええ。確かに私は文芸誌『ゴシック・パンダ』日本版の記者で、静岡に滞在中の作家トロルッソ・ファーモ氏のインタビュウを取る為に静岡に向かっていましたが、途中、事故にあってしまいまして。
地縛霊A氏 あんた、もしかして。
―ええ。赤いセダンの。
地縛霊A そうかあ。何でこの人さっきから全裸なんだろうって思ってたけど。それに、俺と喋れるのもおかしいしね。
―ええ。人間が幽霊になっても、服は幽霊にはならないようですし、どうやら生きている人間と会話をすることもできないようですね。
地縛霊 怒ってる?俺が殺しちゃったから。ごめんね。
―さあ、どうでしょう。でも、何か心残りになっていることがあるなら是非聞かせてほしいですね。奇遇にも私は記者ですし。
地縛霊A氏 ははは。よしてくれよ。まだ成仏するのはごめんだね。
突然会社のコピー機が壊れた。がちゃがちゃと勝手に動き出しておかしな文字で埋め込まれた紙を次から次へと吐き出し続けた。
私は機械に疎いので、どうしたらこのようないたずらができるのかはわからない。だが、延岡匡登記者はどんな時でも楽しむことを忘れない人だった。(ゴシックパンダ日本版編集長・P)