プロレスリング散空抱地 〜人類選抜戦〜

 ディーヴァズブラッドの『ナクサエレメンツ』が流れて朱雀哉眼が入場する。続いて、阿杜未森があどけない笑顔でアピールしながらグレッグエイクの『コールドスプレイ』と共に入場する。びっくりするほどのブーイングが飛ぶ。
次にボイルドジャッカスの『グラントリノ』が流れ、宮門我意が登場する。鮮やかな金色の髪をきらめかせ、金色の花火のシャワーの中で妖しげな笑みを浮かべる。
宮門がリングの近くまで来たところでガーゴイルの『ディスクロージャー』が流れ出す。
姫河恵二が登場する。2メートル超の大男だ。姫河は両手を上げて筋肉をアピールすると、リングに向かって歩いていく。リング上に出場者が揃った所でいよいよ試合が始まる。
朱雀と宮門がそれぞれリングの外に出てゴングが鳴る。
アナウンサー「さあ、始まりました。本日のメインイベント。阿杜朱雀組対宮門姫河組です。まずは阿杜と姫河の二人が闘うようです」
解説者「もうメインイベントなのか。頭からしっぽまであんこがぎっしりつまった鯛焼きのような興行だったな。しかし、あれだけ会場を盛り上げたSKハーシュに試合がないとはもったいない。だが、次回からに期待することにしよう」
どっしりと構えて徐々に距離を詰めていく姫河に対して、阿杜はリズミカルにステップを踏みながらリング上をぐるぐると廻り、間合いを取っていく。
アナウンサー「姫河選手は空手と柔道で長年腕を磨いてきました。趣味は自転車で、昼下がりに紅茶を飲みながらノンフィクションを読むのが人生の楽しみだそうです」
解説者「あの巨体が自転車にのるのか。恐ろしいな」
アナウンサー「特注だそうです」
解説者「だろうな」
阿杜が廻りながら朱雀のいるコーナーに来ると突然構えるのをやめて、後ろに下がると朱雀哉眼にタッチして自分はロープを潜ってリングを出た。
姫河は「意味がわからない」といった表情で両手を上げる。観客ブーイング。
朱雀がリングに入るはいる。姫河はいきなり突進してリングに入ったばかりの朱雀に体当たりをかまそうとするが、横に身を交わされてコーナーポストに体を打ちつけてしまう。観客から呻き声が上がる。
アナウンサー「今、リングに入った朱雀哉眼の経歴はベールに包まれています。ですが、どうやら複数のマーシャルアーツの使い手であるということです」
解説者「ミクスドマーシャルアーツか。ノーホールズバードルールで力を発揮しそうなタイプだな。自己紹介の時に26歳のおとめ座だと言っていたな」
アナウンサー「おうし座では?」
解説者「ああ。そうだったか」
痛そうに身をよじる姫河にリング外の阿杜が変な顔をして挑発するが、キレた姫河が右拳を顔面に見舞うと派手に吹っ飛んでリング下に落ち、観客席のフェンスに体を打ちつけてしまう。観客から歓声があがる。
だが、次の瞬間、後ろから朱雀が姫河にローキックをかまし、姫河は片膝をマットについてしまう。そして、すぐさまもう一方の足にもローキックが飛んできて、両膝をマットにつけた格好になる。
朱雀は後ろ歩きで姫河を見ながら対角のコーナーまで戻ると、猛スピードで姫河に向かってダッシュしていく。膝を着いていた姫河が立ち上がり、朱雀を探して振り向いたところに朱雀の膝が顎に猛烈にヒットし、姫河は崩れ落ちる。朱雀は倒れた姫河の足を持ってリング中央まで引きずり、そこでカバーする。レフェリー「ワン、ツー」スリー寸前で姫河が体を起こす。朱雀はすぐさま立ち上がり、ロープに走って反動でクローズラインを撃ち込もうとするが、立ち上がった姫河の右手に首を掴まれて止まってしまう。スキンヘッドで眉毛すらもない2メートル超の大男が不気味な笑みで口の端を歪ませる。
次の瞬間、朱雀の体は高く飛び、首を掴まれたまま背中をマットに叩きつけられる。
ものすごい音がする。
アナウンサー「すごいパワーですねえ」
解説者「なにせ体格がけた違いだ。朱雀は何とか立ち上がりたいが」
姫河はロープに自分の体を反動させ、ジャンプして背中から、マットに寝ている朱雀の体の上に落ちていく。
アナウンサー「セントーンだ」
またもやものすごい音がするが、姫河の下に朱雀の体はない。
アナウンサー「どうやら朱雀選手。寸前で身を交わしたようです。姫河選手は痛んでいる」
朱雀は先ほど受けたチョークスラムのダメージが抜けきらない様子を見せながらも、姫河よりも先に立ち上がった。しかし、
アナウンサー「どうしたのでしょう、朱雀選手。チャンスなのに攻撃にいかない」
解説者「何かぶつぶつと呟いてるな。表情はよくわからないが、何かが乗り移ったみたいだ。どうにも不気味だな。何が起こるんだ」
 朱雀は突如、総合格闘家のような構えを取ってステップを踏み始めた。姫河がようやく立ち上がり、朱雀の顔に右拳を叩き込もうとするが、拳はわずか数ミリのところに逸れて、同時に朱雀の鋭いアッパーカットが姫河の顎を捉える。姫河はグラつくが、なんとか踏ん張り、今度は左の拳を下から斜めに突き上げて盛り返そうとする。しかし、朱雀は身を引いてそれを交わし、同時に放った右足が姫河の前足の膝の外側にヒットする。さらに攻撃を繰り出す姫河を身軽に交わしてバックを取ると、背中に飛び乗って腕を首に巻きつけた。
アナウンサー「チョークスリーパーだ」観客が沸く。
姫河は朱雀をおんぶしたままよたよたと右往左往するが、やがて思いついたように前に向かって倒れ込み、宙返りで背中をマットに叩きつける。
しかし、寸前に朱雀はチョークを解いて、姫河の背中でハンドスプリングのようなことをして軽々とマットに着地していた。
アナウンサー「姫河恵二は見かけによらず身軽な男ですね。朱雀哉眼はその上を言っていますが」
解説者「ああ。だが、身軽なんてもんじゃない。まるで未来を見ているかのような動きだ。明らかに人間の反射の限界を超えている」
屈辱にまみれながら立ち上がろうとする姫河を朱雀はリングの中央で待っている。
姫河は怒りのままに朱雀に突進していくが、カウンターの拳が顎、頬、ボディと入り、最後に助走をつけた飛び膝蹴りがまともに入って姫河の2メートル超の巨体がコーナーポストにまで吹っ飛ぶ。さらに追撃を加える為に朱雀は反対のコーナーから助走をつけて襲いかかろうとするが、金色にひらめく何かを見つけて動きを止める。
呼吸を置く間もなく宮門我意のクローズラインが飛んでくるが、紙一重で身を交わすとステップを3つ踏んで飛び上り、体をひねらせて空中で宮門我意の頭に蹴りを入れる。
アナウンサー「宮門我意がリングに入っています。どうやら、コーナーポストに崩れ落ちた姫河に宮門がタッチしたため交代が認められたようです」
左下に新しく小さな画面が開き、その場面のリプレイがスローで流される。それを見ると、確かに宮門が姫河にタッチしているのがわかる。
同時に流れている右上の画面ではリアルタイムの映像がずっと流れている。
蹴りを受けて膝を着いた宮門我意はすぐに立ち上がり、エルボーを朱雀に撃ち込んでいく。しかし、宮門のエルボーが朱雀の顔面を捉えるより先に朱雀の拳が宮門の顔に当たり、宮門の動きは止められてしまう。その後も同じような展開が続いていく。
宮門我意が積極的に攻勢に出るが、その攻撃を朱雀がことごとく捌き、確実にカウンターを当てていく。
アナウンサー「宮門我意は自分を創世の日に生まれた存在だと言います。しかし、これまでのところあまりいいところをみせられていません」
解説者「確かに宮門がリングに入ってから宮門は一度も朱雀に攻撃を当てられていない。逆に、朱雀は繰り出した攻撃のすべてを宮門に当てている。だが、それだけで宮門我意を弱いレスラーだと考えるのは尚早だ。奴の放った攻撃はすべて急所を捉えている。動きを見るだけで奴がよく訓練された戦士であることがわかるだろう。一方、朱雀哉眼は宮門が攻撃態勢に入った瞬間に小刻みで軽い技を叩き込むことで出しかけた宮門の技をキャンセルさせている。紙一重で着実にポイントを稼ぎ続けているわけだ」
朱雀哉眼の神経を剥いでいくような攻撃を前に、宮門我意はとうとうほんの一瞬ではあったが攻めが途切れ、後ろに一歩さがってしまう。
そのほんの一瞬のスキに朱雀は前に出て、この一連の攻防の中で初めて先手を取って攻め始める。
ジャブ、ジャブ、ロー。フック。そして、飛び膝蹴りが強烈に入る。観客絶叫。
解説者「どうやら一気に決めに行く気だな。若干、焦っているようにも見えるが」
ものすごい音を立てて倒れた宮門を飛び越えてロープを駆け上がり、宙返りをして体を寝ている宮門にぶつける。
そして、立ち上がり、もう一度同じ攻撃を寝ている宮門我意の体に加える。
そして、さらにもう一度。
アナウンサー「これはやりすぎでしょう。宮門はもう動けない。何故カバーに行かないのでしょう」
解説者「確かに残忍過ぎる。しかし、いや、やはりか。朱雀哉眼は俺たちが思っているよりも焦っているのかもしれん。まるで余裕がない。何かに追われでもしているみたいだ。一度カバーを返されたら二度とカバーに行けないと考えているのかもしれんぞ。そうでも考えないとこの念の入れようは説明がつかん」
朱雀哉眼はさらに同じ技をあと二度宮門に加えた。あまりの凄惨な光景に観客は声を失っている。
朱雀カバーに行く。
アナウンサー「とうとうカバーに行きましたね」
レフェリー「ワン、ツー、スリー」ゴングが鳴る。
リングアナ「勝者、阿杜朱雀組」
リングアナが勝者を告げると姫河に殴られて頬を赤く腫らした阿杜未森が拍手をしながらリングに入ってきて、リングアナにマイクを求める。リングアナはそれに応じて阿杜未森にマイクを渡す。
阿杜未森「いやいやいやいや、タフなファイトでしたねぇ」観客ブーイング。
阿杜未森「いやあ、汚い手を使われて一時はどうなることかと思いましたが、仲間の力を信じて闘ったことが結果に繋がりました」観客ブーイング。
アナウンサー「この男は何もしていません」
解説者「しかし、これだけのブーイングにあっても顔色一つ変えず挑発しつづけるとは、並みの精神力とは思えん。さすがは大統領襲撃犯といったところか」
阿杜未森「しかし、世の中には酷い人もいるものですねえ、見てください、この・・・」その時観客から歓声があがる。
不審に思って阿杜が振り向くとそこには姫河恵二の2メートル超の巨体があり、気付いた時には姫河の超巨体からのダイアモンドカッターが決まっている。
アナウンサー「ダイアモンドカッターだ」観客は歓声を上げる。
阿杜はうつ伏せに倒れて動かなくなる。阿杜の持っていたマイクがリングの上をころころと転がる。阿杜を倒した姫河は横に立っている朱雀哉眼を見て残虐な笑みを浮かべるが、朱雀は立っているだけで反応しない。
アナウンサー「朱雀哉眼にも行くつもりですよ。しかし決められるのか」
姫川が朱雀に飛びつくと、朱雀は抵抗を見せず、ダイアモンドカッターがまともに決まる。
朱雀哉眼はうつ伏せに倒れて動かなくなる。レフェリーは先ほどからずっと静止しようとしているが、姫河はまるで意に介さない。
アナウンサー「まともに決まった。しかしよけられなかったのか」
解説者「やはりか。スタミナ切れだな。さっきも相当きつかったのだろう。焦って決めにいこうとしていた」
姫河は阿杜の落としたマイクを拾い上げて、口の前に持ってくると観客を見回した。
アナウンサー「何をするつもりなのでしょう」
姫河恵二「俺には嫌いなものが三つある。猫除けのペットボトル、ティーバッグの浸かり過ぎた紅茶。だが何よりも嫌いなのは、この俺よりもでかい奴なんだよ」
姫河は自らのでこぼこのスキンヘッドに手を当ててぐりぐりと押しつけた。
姫河恵二「雅婁馬。お前は試合をしないのか?出て来いよ。軽く揉んでやるからさ」
しばらく沈黙が続くが、突如ブラックエンジェルの『ヘルインアセル』が流れ始め、入場口から雅婁馬が登場する。
通路をゆっくりと歩いてくる雅婁馬に姫河がリングの上から「来いよ」と挑発する。
雅婁馬がリングに上がり音楽が止まる。
両者がリングの上で向き合う。横でレフェリーが怯えている。
険しい顔で睨みつける姫河を雅婁馬は余裕綽々の涼しい笑顔で受け流している。
アナウンサー「まさに一触即発という状態です。何が起こるのでしょうか」観客も固唾を飲んで見守っている。
張りつめた空気が破られる。姫河が雅婁馬の右頬に強烈なビンタを放った。激しい音が会場に響く。雅婁馬は足を一歩後ろに引いて踏ん張る。
解説者「一発かましたな」
さらにもう一発左の頬にビンタをぶちかます
ものすごい音がして、雅婁馬はもう一歩下がり、姫河は手ごたえを感じて自信満々の顔をするが、雅婁馬の表情を見て動きが止まる。
その瞬間に雅婁馬は姫河の首を片手で掴み、もう片方の手で姫河の体を支え、持ち上げてからマットに思いっきり叩きつけた。激しい音がする。
姫河は仰向けに倒れたまま動かなくなる。
解説者「これは、格の違いだな。姫河が試合後で疲れているとはいえ」
アナウンサー「雅婁馬が姫河との格の違いを見せつけた所で放送終了の時間がやってきました。また来週」
溶暗。