プロレスリング散空抱地 〜世界選抜戦〜

 菅原寛介が電話をしている。かなりの大男だ。
 菅原寛介「駄目だ。ハンモック・ビルと連絡が着かない。ああ。ああ。やはり、もう。ああ。ああ、そうだ。じゃあ、切るぜ」
 菅原寛介が電話を切る。雅婁馬アリーナの関係者通路の壁に据えられたピンク色の公衆電話だ。
 菅原は受話器を置くと腰に手を当てて下を向き、険しい顔で溜息を吐いた。
 するといつの間にか背後に人影がある。
 ???「お前が言ったことは本当なんだろうな」
 菅原が振り向く。赤いコスチュームの野上拓馬が立っている。
 菅原寛介「ああ、お前か。ああ、そうだな。あれは、信頼度の高い情報筋から入手した情報だ。そう、雅婁馬は長らく封印されていた世界王座を復活させるつもりらしい。その王座は散空抱地のリングで争われ、勝者には世界王座のベルトと、防衛戦の相手を指名する権利が与えられるそうだ」
 野上は黙りこんで考え込むような表情をしている。
 やがて顔を上げ
 野上拓馬「初めにはっきりさせておくが、俺はお前のことを信用してるわけじゃないんだぜ」
 そして、通路を去っていく。画面はじっと立っている菅原寛介の表情を映し続ける。
 画面が切り替わる。朱雀哉眼が鉄棒で懸垂をしている。そこに謎の人影がくる。
 朱雀哉眼「何の用です?邪魔するつもりなら遺言を残してからにしたほうがいいと思いますけど」
 画面が動き、阿杜未森の表情を映し出す。ブーイングが起こる。
 阿杜未森「では、単刀直入に言いましょうか。俺たちで手を組みましょう。俺たちが組めば敵なしです。他の奴らを蹴散らして雅婁馬さんに貢献しましょう」
 朱雀哉眼はさらに二度懸垂運動をする。
 朱雀哉眼「いいですね、それ。俺のちょっとした気まぐれであんたは死んじゃうかもしれませんけど。ところであんた。俺が雅婁馬を侮辱したらどうするつもりなんです?」
 阿杜未森は表情が固まる。口元は余裕の薄笑いを浮かべているが、体中で笑っているのはそこだけだ。
 阿杜未森「まあ、考えておいてくださいよ。あなたにとっても悪い話じゃないはずですがね」
 そう言って去っていく。
 画面が変わる。
 アナウンサーと解説者を映し出す。
 アナウンサー「何についてまず初めに話したらいいでしょう」
 解説者「奴は正気なのか」
 アナウンサー「雅婁馬が、7年前に廃止されて以来長らく封印されていた世界王座を復活させるつもりだという話がありましたね」
 解説者「まったく信じられんよ。あの王座が封印された経緯を知る者なら口が裂けてもそんなことを言えるとは思えん。雅婁馬だろうが知らんわけではあるまい」
 アナウンサー「そして、阿杜未森が朱雀哉眼に接触を試みました。次の試合にはその二人が出場します。朱雀哉眼野上拓馬組対阿杜未森宮門我意組のタッグマッチです。阿杜未森は第一試合に続いての登場です。選手が入場します」
 選手が入場する。
 宮門我意と野上拓馬が最初リングに入っていたが、後から阿杜未森が入ってきて、宮門をコーナーに突き飛ばす。宮門がキレて阿杜に殴りかかろうとするが、レフェリーに外に出ろと言われてリング外に出る。その様を見て阿杜未森がにやにや笑いを浮かべる。
 アナウンサー「阿杜未森と宮門我意は先週の第一試合で闘っていますが、大統領直属の特殊精鋭部隊の乱入によって決着が付きませんでした」
 解説者「荒れているな。タッグ戦としては致命的だ」
 ゴングが鳴る。
 両者が前に出て様々な技を撃ち合い、互角の展開が続く。
 阿杜は主にキックとパンチで攻め、野上はクローズラインやDDT、テイクダウンからの関節技を繰り出していく。
 しかし、阿杜が退屈そうな顔をして、身振りで野上に「下がれ」と合図する。
 野上が後ろを向くと、コーナーにいる朱雀哉眼が手を上げた。
 野上はコーナーまで下がって朱雀とタッチし、リングの外に出る。
 朱雀哉眼がリングに入ると、阿杜未森は両手を広げ、満面の笑みで歓迎する。
 アナウンサー「阿杜未森は試合前に朱雀哉眼に同盟を持ちかけていました」
 朱雀哉眼はリングに入るなり、両手を広げる阿杜の顔面に右ストレートを撃ち込み、倒れた阿杜の上にのしかかってさらに追撃のパウンドを加えていく。
解説者「これが朱雀の返事のようだな」
 打たれながらも這いずって命からがらコーナーまで来て懸命に手を伸ばして宮門我意に交代を求めるが、宮門はコーナーポストに寄りかかってにやにやと眺めている。
 宮門に悪態をつく阿杜を朱雀が後ろから捕まえてロープに投げて跳ね返ってきたときにハイキックを放つが、阿杜はそれを交わし、もう一度ロープに跳ねかえってから最後の力を振り絞ってパンチの雨を浴びせてコーナーに追い込んでいく。
 朱雀は予期せぬ反撃に面食らってまともにもらってしまい、コーナーポストでとうとうダウンする。しかし、リング外から野上が朱雀の体を触り、ロープを潜ってリングに入る。それに気付かない阿杜が朱雀をカバーする為に朱雀の足を持ってリング中央に引きずって行こうとするが、ロープに当たって跳ね返ってきた野上のビッグブートが阿杜の横っ面に入って阿杜は崩れ落ちる。
 野上は倒れた阿杜の両足を掴んで腹の横に据え、阿杜の上半身を浮かせてくるくると回る。10回くらい回ったところで放す。
 マットに落ちた阿杜は必死に立ち上がろうとするが、すぐに倒れてしまう。
 アナウンサー「今、阿杜未森は完全に平衡感覚を失っているはずです」
 阿杜が懸命に立ち上がろうとしている間に野上拓馬はコーナーまで行き、陸上のクラウチングスタートの構えで物凄い形相で阿杜を睨んでいる。
 阿杜がようやく平衡感覚を取り戻し始めて立ち上がりかけた時に爆発的なスタートを切り、低空で渾身のクローズラインを撃ち込む。あまりの破壊力に心ならずもどよめきが起こる。
 解説者「これは立ち上がれんだろう。三半規管が正常に機能していない状態でもらうクローズラインの威力は通常の10倍はあると俺は見ている。これは終わりだな」
 野上がカバーに行く。
 レフェリー「ワン、ツー、スリー」ゴングが鳴る。
 リング中央で野上と朱雀が手を上げる。
 野上がマイクを要求してリング中央でしゃべり始める。
 野上拓馬「俺は、今まであらゆる場所で闘い続けてきた。家族のために。そして、その他の多くの人の為に。彼らがいる限り俺は負けないし、闘い続けることをやめない。だが、そう多くは語れない。わかるだろう。一つだけ言えること。それが、俺が決して屈しないということだ。真心を信じる人は、俺に賭けてみてくれて構わない」
 野上はマイクを置く。半信半疑の会場。だが、ぱらぱらと拍手する音も聞こえる。
 アナウンサー「意味深な演説でしたね」
 解説者「ああ。反乱の匂いがぷんぷんだ。こいつはまだ死んでないぜ」
 アナウンサー「明らかに雅婁馬に対する宣戦布告ですが、今の演説だけでは野上を追放する口実には乏しいでしょう。プロレスラーが“俺は負けない”と言っただけですからね。もっとも、雅婁馬がその気になれば口実など関係なく誰を追放することもできるでしょうけれど」
 解説者「だが、それは最後の手段だろうな。少なくとも今のタイミングではそんな強引なことをする理由もないだろう。むしろ控室でにやついてそうだぜ」
 野上がリングを降りようとすると、会場の照明が落ちてブラックエンジェルの『ヘルインアセル』が流れて雅婁馬隆作がおなじみの入場でリングまで歩いてくる。
 ものすごいブーイング。
 途中で野上とすれ違う。
 雅婁馬がリング中央まで来ると照明が戻る。
 野上が置いたマイクを拾い上げて雅婁馬が話し始める。
 雅婁馬隆作「散空抱地も開始から第三回を数えるが、未だにお前たちを飽きさせてはいないようだ。フフフ」ブーイングが飛ぶ。
 雅婁馬隆作「予想のつかない展開。高度な技の応酬でお前たちを興奮させ続けてきた散空抱地だが、どうやらお前たちが興奮が止んでゆっくりと読書しながら紅茶を飲める日がくるのははまだまだ先のことらしい。次週、第4回目の散空抱地ではお前たちを興奮させること必死の発表があるらしい。いきなりの発表じゃ驚いて腰を抜かす奴もいるだろうから先に予告しておいてやったぜ」
 雅婁馬がマイクを置いてリングを降り、通路を下がっていく。
 アナウンサー「来週の散空抱地で何か重大な発表があるようですね」
 解説者「本気で世界王座を復活させる気なら俺は黙っていられるとは思えん。俺が奴を殺そうとしてもどうか止めないでくれよ」
 アナウンサー「雅婁馬が封印されていた世界王座を復活させるつもりだという噂は冒頭で菅原寛介が野上拓馬に話していましたね。果たして重大発表とは世界王座に関することなのでしょうか。それとも何か別のことなのでしょうか。来週が待ちきれません。今週の散空抱地はここまでです。また来週」
 雅婁馬が入場口に消えていく。
溶暗。
 
 




 
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