プロレスリング散空抱地 〜人類選抜戦〜

 第四章 世界王座復活
 静かな空間。暗闇。ささやかな音響と共に照明が光り、リング上に円形の明かりをつくる。
 その中に黒い衣装を纏った大男がいる。
 雅婁馬隆作「会場にお集まりのみなさん。ようこそ。プロレスリング散空抱地へ。フフ」
 雅婁馬隆作「今日はみなさんに重大な発表があります。みなさんは七年前に廃止された世界王座戦をご存知でしょうか。次週、伝統と格式ある世界王座戦はこのプロレスリング散空抱地のリング上で復活します。すべてのプロレスファンの長年の悲願がついに成就するのです」
 スポットライトが音も立てずに薄くなり、また元の暗闇に戻る。
 魔砲ドラゴンの『イッツファンタジー』と共に番組のオープニング映像が流れる。
 音楽が止むと画面は明かりのついた会場を映す。
 アナウンサー「今宵の雅婁馬隆作はいつになく丁寧な口調です。しかし、かえって静かな殺気を漂わせています。どうも、アナウンサーの金井です」
 画面はアナウンサーと解説者を映す。解説者の顔からは血管が浮き出て充血し、真一文字に結ばれた口はぶるぶると震えている。
 画面は再びリング上を映す。
 雅婁馬隆作「早速ですが世界王座戦の概要を発表しましょう。復活して最初の王座戦シングルマッチ2勝タッグマッチ一1勝の野上拓馬とシングルマッチ1勝タッグマッチ1勝の阿杜未森で争われる。ルールはもちろん、正規の世界王座戦ルール。ここまでで何か質問は?」
 突然、喚き声が響く。カメラが声のした方を追うと、実況席に筋肉質の男性が立っている。
 中野“ジャック”幸助「質問ならここにあるぜ雅婁馬。お前は川相英作という名前の男を知っているか」
 雅婁馬はしばらくジャックを眺めていたが、やがて氷が急速に解けるように一瞬にしてしかつめらしい表情が崩れ、フフフフフと笑い始める。
 雅婁馬隆作「それが質問かジャック。その質問に答える気はないぜ」
 中野“ジャック”幸助がマイクを持ってリングに上がる。
 中野“ジャック”幸助「お前のような悪人とは別の世界に住んでいた人だからな。知らなくても驚きはしないよ」
 雅婁馬隆作「なあ、ジャック。プロレスが世間の奴らに何て呼ばれているか知ってるか」
 中野“ジャック”幸助「それがお前の質問か雅婁馬。さあな。“前世紀の遺物”か?だが好きなだけ言わせておけ。もやしの腐ったような奴らが言うことを何故真に受ける必要がある?」
 雅婁馬隆作「フフ。真に受ける必要とくるか。だがお前らはこの7年何をしてきた?いや、何もだ。タフな男たちの本物の闘いは前世紀の渦に消え、お前らは殿堂入りだなんだと昔の話ばかりしている」
 中野“ジャック”幸助「言うじゃないか、雅婁馬。だが、お前に何がわかるんだ」
 雅婁馬隆作「俺に何がわかるかって?フフ。なあ、まわりを見てみろよジャック。俺とお前がリングの上で向かい合っている。聞かせてくれジャック。俺たちは今から闘うのか?」
 中野“ジャック”幸助「それが俺の望みだよ雅婁馬」
 中野“ジャック”幸助がスーツの袖を捲る。
 雅婁馬は余裕の笑みを浮かべて中野に背を向ける。そして、入場口の上のスクリーンを通してリング上の二人を見る。中野は臨戦態勢で、前腕の浮き上がる筋肉が、雅婁馬と再び向かい合った瞬間に襲いかかるつもりであることを雄弁に物語っている。
 雅婁馬はマイクを口の前に持っていき、
 雅婁馬隆作「だが、今はレジェンドを叩きのめす気分じゃないんだ。フフ」
 そう言ってロープを潜りリングを降りる。
 中野が何か叫ぶ。
 背を向けて去っていく雅婁魔に会場から容赦のないブーイングが飛ぶ。
 雅婁馬は通路を半分ほど歩いたところで振り返る。
 その顔は容赦のないブーイングにも関わらず余裕綽々のにやにや笑いを浮かべている。
 雅婁馬隆作「背を向けた相手には手を出せないか?ジャック。だが、それはいい訳だな。フフ。俺と向かい合ったことで圧倒的な実力差を感じ取ってしまったのだろう?」
 ジャックはリングの上で何か喚いている。
 雅婁馬は後ろ歩きで下がりながらなおも喋る。
 雅婁馬隆作「そうさ。今の俺の実力は全盛期のあんたにさえも引けをとらない。フフ。なあ、ジャックよ。追ってこいよ。俺はもうお前に背を向けてはいないぜ?」
 リング上のジャックは険しい表情で肩を大きく上下させている。
 そうしている間にも雅婁馬はゆるゆると通路を下がっていく。
 スクリーンの中で雅婁馬が入場口に消えていき、その映像の上にアナウンサーの声が被さる。
 アナウンサー「雅婁馬隆作が入場口に消えていきます。今夜の第一試合、宮門我意対菅原寛介のシングルマッチはCMの後です」
 溶暗。






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