プロレスリング散空抱地 〜人類選抜戦〜

第三章 動き始める陰謀
 リングの上に野上拓馬がいる。マイクを持って喋っている。
 野上拓馬「雅婁馬軍の理念は素晴らしい」
 野上拓馬「俺はその為ならこの体朽ち果てるまで闘うだろう」
 画面が変わり、雑然とした廊下を歩くSKハーシュが映る。歓声が巻き起こる。
 そこでは二人の男女が談笑していたが、SKハーシュに気付くと、表情を引き締めてSKハーシュと握手を交わした。
 映像がまた変わり、魔砲ドラゴンの『イッツファンタジー』と共に散空抱地のオープニング映像が流れる。
 オープニング映像が終わると、満員の観客席が上空から映され、アナウンサーの声が聞こえる。
 アナウンサー「大統領直属の精鋭部隊は退けられ、野上拓馬は雅婁馬隆作に忠誠を誓いました」
 画面はアナウンサーと解説者を映す。
 アナウンサー「さあ、今週も始まりました。プロレスリング散空抱地。アナウンサーの金井です。解説は7度の世界王座に輝き、殿堂入り確実との呼び声も高い中野“ジャック”幸助さんです」
 解説者「よしてくれ。そんな大したものじゃない。だが、殿堂入りはすべてのレスラーの夢だ」
 アナウンサー「では、先週の散空抱地を振り返りましょう」
 映像が変わる。雅婁馬の手下の阿杜未森が金髪の宮門我意に足関節技を掛けているところで照明が落ち、サイレンが鳴り、赤い照明が明滅する。
 照明が戻ると、リング上にいつの間にか3人の黒装束の人間が立っている。
一人の黒装束の人間が阿杜未森にハイキックを決める。
 黒装束の一人が「リングに上がってこいよ」と雅婁馬を挑発する。
 先ほどからしめやかな音楽が流れている。
 雅婁馬が野上を呼び、野上がリングに向かうところで呼び止める。
 雅婁馬「だが条件がある」
 雅婁馬「お前が敗れれば、お前は即脱落だ」
 雅婁馬「お前が勝った場合。5分間のスピーチの時間を与える。その時間の中でお前は、雅婁馬軍への忠誠心、雅婁馬軍の理念がいかに素晴らしいか。そして、雅婁馬軍の為にどんな犠牲を払う覚悟ができているかを語ってもらおう」
 黒装束の人がトップロープから飛び立つが、野上は身を交わして腕十字を掛ける。黒装束の人がタップする。
 野上拓馬「俺はあんたの理念とやらを完全に理解するまでは軽々しくそのことについて発言するのは控えたいと思っているんだ」
 雅婁馬「そうか。残念だがお前はここで失格だ」
 野上「雅婁馬軍の理念は素晴らしい」
 野上「俺はその為ならこの体朽ち果てるまで闘うだろう」
 観客が悲嘆に暮れた所で一連の映像が終わり、再びアナウンサーと解説者の二人を映す。
 アナウンサー「先週の放送で野上に失望した人も多いのではないでしょうか」
 解説者「期待していただけにな」
 アナウンサー「しかし、我々の野上への期待はそもそも幻想であり、野上自身が我々の前ではっきりと雅婁馬に立ち向かうことを宣言したわけではありません」
 解説者「悲しいが、仕方のないことなのかもな」
 グレッグエイクの『コールドスプレイ』が流れて阿杜未森が入場する。観客ブーイング。
 コールデストストームの『SKドリーム』が流れてSKハーシュが入場する。観客大歓声。
 アナウンサー「SKハーシュの初試合が始まります」
 ゴングが鳴る。開始早々SKハーシュがダッシュして阿杜未森の背後に廻り、ロープの反動でジャンピングエルボーを後頭部に叩きこむ。
 アナウンサー「この二人は公式には初対戦ですが、大統領就任式の日に闘っています。その時は阿杜の完勝と言っていい内容でした」
 解説者「だが、見たところSKハーシュは鋭いスピードを活かしてリング全体を使って闘うタイプのようだ。それに、あの時は大統領を守りながらの闘いだった。あの時阿杜が圧倒したからといって、リング上でも同じことが起きるとは思わない方がいいぜ」
SKハーシュが四方八方から猛攻を仕掛ける。
 アナウンサー「ところで中野さん。公式サイトのコラム読みましたよ。まさか中野さんにあんなロマンチックな一面があったとは。それにしても、あの殿堂者のトニー・ヒーローと中野さんがインディー団体で相まみえていたとは衝撃の事実です」
 解説者「フォックスミラージュの奴らがまだハイスクールに通う夢見るガキに過ぎなかった程昔のことだよ。奴とは今でもゴルフに繰り出すような仲だがな」
 SKハーシュの猛攻に阿杜未森はフラフラになるが、徐々に自分のステップを踏み始めてときどきカウンターのジャブや膝を合わせていく。
 阿杜がハイキックを空振りし、ロープから跳ねかえってきたSKハーシュに右フックを撃ち込もうとするが、カウンターでSKハーシュが逆立ちしながら両足で阿杜の頭を挟んでリング外に投げ出した。
 リング上でSKハーシュが待ち構えるが、阿杜はリングには戻らず腰に手を当てて考え込んでいる。
 レフェリーがカウントを始める。
 アナウンサー「テンカウント以内にリングに戻らないと負けになります」
 テンぎりぎりでリングに戻る。
 間髪入れずにSKハーシュが猛攻を仕掛け、阿杜はリングの中を逃げ回る。
 阿杜がSKハーシュとレフェリーの間に入った時にSKハーシュの攻撃が当たり、阿杜は後ろに吹き飛ばされ、後ろにいたレフェリーが巻き添えを食って倒れた。
 レフェリーが中々立ち上がらないのでSKハーシュは身を案じて駆け寄るが、その瞬間に阿杜未森の強烈なアッパーが顎を捉える。
 SKハーシュは失神してキャンバスに大の字に横たわる。
 レフェリーがようやく起き上がり、阿杜未森はSKハーシュをカバーしてレフェリーにアピールする。
 そのことに気付いたレフェリーがカウントを取り、スリーカウントで阿杜未森の勝ちが決まる。観客席から落胆の声が聞こえる。
 アナウンサー「SKハーシュは不運でしたね。勝利まで寸前でしたがアクシデントに足元をすくわれました。そのシーンを振り返ってみましょう」
 そのシーンのスロー映像が流されるが、阿杜がレフェリーに肘を撃ち込んでいる瞬間がばっちりと捉えられている。
 それに気付いた観客席からブーイングが起こる。
 解説者「どうやらアクシデントではなかったようだな」
 アナウンサー「リングアウトしたときに考えていたのでしょうか」
 阿杜未森がガッツポーズしながら、倒れているSKハーシュを残してリングを降り、さらにガッツポーズしながら後ろ歩きで通路を去っていく。その上を次第に高まるブーイングが包んでいく。
 溶暗。








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